病院・薬局検索の病院なび

「結婚も出産もあきらめていた」筋ジストロフィーと生きる女性が「家庭」を築いて気づいたこと

公開日: 2026年05月28日
アイキャッチ画像
国が定めた指定難病の1つである筋ジストロフィーとともに生きる小澤綾子さん(43)。診断された当初は、結婚も出産も自分には難しいとあきらめていたそうです。けれど、夫と出会い、子どもにも恵まれ、幸福な家庭を築いています。

これまで自分だけでなんとかしようとしていた小澤さんですが、子どもが生まれたことで、周囲の手を借りる大切さにも気づいたと言います。

「偏見がいっさいない」彼に惹かれるように

お互いに強い信頼の絆で結ばれている小澤さんご夫婦
お互いに強い信頼の絆で結ばれている小澤さんご夫婦

――2014年にご結婚されたとのこと。夫さんとのなれそめを教えてください。

小澤さん:夫は会社の同期でした。彼を一言で表現すると「究極のバリアフリー男」。誰に対しても偏見やバリアがまったくないんです。私の同期には障害のある人もたくさんいますが、夫は病気や偏見を気にすることなく誰とでも仲良くなることができて、耳が聞こえない同期と一緒にお酒を飲んで盛り上がったりしていたんです。

逆に夫から、自分のなかにある偏見に気づかされたこともあります。ある時、夫と一緒に歩いているときに、顔に障害がある人が歩いてきたんです。すれ違ったあとに「あの人、かわいそうだね」と彼に話かけたんです。すると、「あの人は車いすに乗っているお前のほうが、かわいそうだと思っているかもしれないよ」と言われてハッとしました。私自身も知らず知らずのうちに、他の障害のある人に対して先入観をもっていたんだと気づきました

どうして彼がそんなにフラットな考え方をしているのかは…よくわかりません(笑)。介護経験があるわけでもないし、身近に障害者がいるわけでもないようです。でも、彼の人柄に惹かれ、私から告白して付き合うことになりました。

ありのままの自分を見てくれる彼からプロポーズされて

2014年に結婚式を挙げた
2014年に結婚式を挙げた

――結婚を決めるまでには、どんなことがあったのでしょうか?

小澤さん:私はずっと「自分は将来寝たきりになると言われているから、結婚してはいけない」と思っていました。恋愛と違い、結婚は相手の人生まで大きく左右します。パートナーに迷惑をかけ続けてしまうかもしれないと考えていたんです。

だから、彼からプロポーズされた時は、本当に悩みました。答えに詰まっていると、彼は「返事はないの?」と優しい笑顔で見つめてくれて。その顔を見たら「この人は、私のすべてを受け入れてくれているんだな」と感じました。この人とだったら、この先の人生を一緒に歩んでいける…そう感じたから、結婚しようと決めたんです

 

――とても素敵なエピソードです。周囲の人はどんな反応でしたか?

小澤さん:私の両親に伝えた時は、とても喜んでくれました。不安だったのは彼のご両親の反応でした。私に難病があることで反対されるかもしれない…と、ずっと気になっていました。でも、実際にお会いしたら、みんなで楽しく食事をして、お酒を飲んで、最後まで病気の話にはなりませんでした。

だから食事が終わる頃になって、彼のお母さんに「こんな私でごめんなさい」と伝えたんです。そうしたら、「何を言っているの?できないことを支え合うのが夫婦なのよ。うちの子にもできないことはたくさんあるんだから、よろしくね」と言ってくれました。その分け隔てのない姿を見て、「ああ、こんなに素敵なご両親のもとで育ったから、彼はバリアがないのかもしれない」と感じたんです。まさか自分が結婚するとは思わなかったし、本当に素敵な人に出会えたと思います。

結婚後は、子どもについては無理だろうなと思っていたんです。私は講演や歌手としても活動して忙しかったし、夫も私のサポートや仕事で手一杯。この先、病気が進行していくことを考えても、子育てする余裕はないと夫婦ともに意見が一致していました。

「悔いのない選択をしたい」妊娠・出産へ

子どもと遊んでいるとあっという間に時間が過ぎていくという
子どもと遊んでいるとあっという間に時間が過ぎていくという

――子どものことは考えていなかったとのことですが、2023年にご出産。ご夫婦でどのように考え方の変化があったのでしょうか?

小澤さん:きっかけはコロナ禍でした。世界がどんどん見たことがないものに変わっていくなかで「人生でやり残したことはないか」と、夫婦で話し合う機会が増えました。夫は「子供が欲しかったかもしれない」と言っていて、私も確かにそうだなと感じたんです。障害や難病のある人の出産については、いろんな意見があるとは思います。でも私たちは悔いのない選択をしたかったんです

とはいえ、遺伝なども心配だったので医師に相談しました。すると私の場合、筋ジストロフィーが遺伝する確率は0.1パーセント以下という結果に。それも後押しとなって、無事に40歳で自然妊娠しました。難病があるうえに、高齢出産でもあるので不安は多かったのですが、妊娠中は夫や家族、周囲の人にサポートしていただいて、乗り切ることができました。出産時も、さまざまな科の先生や助産師さんが連携してくれました。たくさんの人の力を貸してくれたおかげで、赤ちゃんと対面できたんです。人生で一番幸せな瞬間でした。夫も私も嬉しくて、大号泣でした。

 

――お子さんが生まれたあとの生活はいかがですか?

小澤さん:夫が半年間育休を取得してくれました。実家の母にも協力してもらい、いろいろな人に助けてもらっています。もともと私は都内に住んでいたのですが、妊娠がわかってから親や親戚がいる実家の近くに引っ越したんです。産後、病気が進行してしまい、1人でトイレや入浴ができなくなってしまいました。力が弱くなっているから私だけでは赤ちゃんを抱っこできないし、オムツ替えもできません。正直なところ、もどかしさも悔しさもありました。

こうした状況だと、家族だけでなんとかしようとするのはよくないと思って…。近くに住む人たちにも、私のことを知ってもらおうと、産後3カ月くらいから地域のいろんなイベントに足を運びました。「車いすで子育てをしています。もし何かあった際は、手を貸してくれると、とてもありがたいです」とお話したんです。

そうしたら近所の人たちが「綾子さんお助けグループ」というのを作ってくれました。グループLINEに「おむつ替えをしたいんですけれど、今人手が足りなくて困っています」と書き込むと「30分後なら行けます」などと連絡をもらえます。「何か困ったことがあったら連絡してね」と言ってもらえて。心強いし、感謝しかありません。

もともと私は、人に頼るのが苦手なタイプ。だから、誰かの力を借りるのが申し訳ないという気持ちもありました。育児のストレスをうまく発散できず、一時は重度の産後うつにもなってしまって…。でも、子どもが生まれ、ようやく誰かに「手を貸してほしい」と言われるようになってきました。そうしたら、いろんな人が協力してくれるし、世界も広がって。1人で抱え込まないで、みんなで分かち合うことのありがたさを実感しています。

子どもはあっという間に3歳になりました。毎日可愛くてしかたがありません。子どもが大きくなったら「世の中にはいろいろな人がいて、それぞれ違うのが当たり前」という気持ちを持っていてほしいと思います。夫やいろんな人と協力しながら、無事に子どもを育てていきたいです。

そして、障害や難病がある人も、ごく自然に結婚や妊娠・出産を選択できる社会になったらいいなとも思います。私自身も、その選択をするのはとても勇気がいりました。でも、周囲に力を貸してもらって、今こうして夫と子どもと一緒に過ごす時間を過ごせています。障害や難病があっても、ちゃんと自分らしい人生を歩み、望んだ幸福を手にできることが、本当のバリアフリーではないか…そんなふうに感じます。


<そのほかのインタビュー記事を読む>
▶20歳で筋ジストロフィーと診断「いずれは寝たきり」と絶望した女性の人生を激変させた「出会い」と「別れ」

▶【筋ジストロフィーと生きる】会社員生活も20年「障害は関係なく、みんなが楽しめる世界を創りたい」

 

【プロフィール】小澤綾子(おざわ あやこ)さん
1982年生まれ。20歳の時進行性難病の筋ジストロフィーと診断される。「今この時を生きる」ことをモットーに、企業、イベント、学校、などでシンガーソングライターとして講演やライブを行う。TVや新聞などメディアにも出演し、障害や病気の啓発活動を行っている。

・小澤綾子さんのホームページ
・小澤綾子さんのインスタグラム
・小澤綾子さんのX

 

取材・文:さいだ多恵
写真:小澤綾子

※記事の内容は記載当時の情報であり、現在と異なる場合があります。