脇汗を止めたい! 【医師監修】 塗り薬で脇の多汗症を治療する(腋窩多汗症治療)
医師紹介
目次
その脇汗は原発性腋窩多汗症かもしれません
「原発性腋窩多汗症(げんぱつせいえきかたかんしょう)」とは、いわゆる脇汗がたくさんでること、脇の多汗症のことです。正確には、原因となる疾患などがないにも関わらず、脇から左右対称に過剰に汗がでる疾患です。「腋窩(えきか)」とは脇の下のくぼんだ部分のことを指します。
「腋窩多汗症」をはじめ、身体の特定の部分から汗がでる疾患を総称して「原発性局所多汗症」と呼びます。手のひら「手掌多汗症(しゅしょうたかんしょう)」や足の裏「足底多汗症(そくていたかんしょう)」、頭「頭部多汗症」、顔「顔面多汗症」などがあります。
その中でも最も多いとされているのが腋窩多汗症/脇の多汗症で、日本人の約6%、20人に1人以上の人が腋窩多汗症であるとされています。一方で、医療機関への受診率は非常に低く、推定患者数の6.3%に留まっています。
■ 参考資料
・ 平成21年度 厚生労働省難治性疾患克服研究の特発性局所多汗症研究班による全国疫学調査
・ 原発性局所多汗症診療ガイドライン 2015 年改訂版
原発性腋窩多汗症の原因
脇の多汗症に限らず、多汗症の原因となる汗は、2種類ある汗腺うち、主にエクリン汗腺からでています。このエクリン汗腺が、なんらかの原因で汗を過剰にだしてしまうことで多汗症が起こります。ただ、なぜエクリン汗腺が過剰に汗をだしてしまうのか、その根本的な原因はまだわかっていません。
そのような中でも、原因のひとつとして、遺伝性の要素があるのではと考えられています。海外では、多汗症患者の50%~65%で同様の症状の家族がいたという報告もあります。
■ 参考資料
原発性局所多汗症診療ガイドライン 2015 年改訂版
脇汗の影響
多汗症は、一年中、寝ているとき以外はいつ汗がでてもおかしくないという状態です。「冬なのに」「暑くないのに」「緊張していないのに」汗がでるうえ、緊張や暑さは汗の量にさらに拍車をかけます。
このように過剰に汗がでることによって、さまざまなことに支障や負担、ストレスが生じます。しかし、このようなことは、人知れず対策をしている場合も多く、経験のない人には理解されづらい面や、当事者個人で悩みを抱えがちです。一方で、多汗症との付き合いが数年~数十年と長年に渡ることもめずらしくないため、症状や対策が日常化して、当事者本人が負担やストレスに慣れて鈍感になっている場合もあります。
いずれにしても、日常生活を送るうえで、通常であれば必要のない対策や配慮、不安が生じることが多く、意識的、無意識的に負担やストレスとなってQOL(生活の質)の低下につながります。場合によっては、精神的に思い詰められて、不安障害やうつ症状がでることもあります。
精神的なストレス
第一に、汗で脇自体や衣服が濡れている、時には流れ落ちるほどの汗による感触の不快感があります。そして、汗の臭いや汗染みなどの見た目への不安です。このようなことで、日常的に人目を気にしたり、対人関係に不安を感じたりすることがあります。
行動の制限や損失
脇汗による不快感や汗染みが気になって仕事や勉強に集中できない、挙手をするのをためらって質問の機会を逃すなど、成果や評価の損失につながります。同様に、吊革につかまるなど、腕の上げ下ろしの動作をはじめ、日常のささいな動作にもためらいや不安が生じます。
衣服の制限や対策のための負担
汗染みが目立たないようにするには、衣服の色や素材を制限しなければなりません。また、汗染みによって、衣服に黄ばみができてしまうこともあります。重症度や汗のでやすい環境(暑い、緊張など)によっては、汗染みを隠すための上着や着替えを携帯するなど、対策が必要になるなどの負担もあります。
新しい治療 ジェル状の塗り薬で脇汗を抑える
このように日常的な支障や負担、ストレスが多い脇の多汗症に、新しい治療薬ができました。2020年より保険適用となった「ソフピロニウム臭化物」です。この薬は、脇汗をだす汗腺であるエクリン汗腺が、汗をだす刺激を受け取りづらくすることで汗の量を抑える効果があります。
薬の概要は以下のとおりです。
薬剤名(一般名) | : | ソフピロニウム臭化物 |
剤型 | : | 液状(無色~微黄色の透明なジェル状) |
用法 | : | 1日1回、付属パーツを使用し適量を腋窩(脇)に塗る |
薬価 | : | 4,874円/ 1本(14日分) *3割負担の場合1,462円 |
副作用 | : | 皮膚の炎症、湿疹、かゆみ、口の渇き、光をまぶしく感じる など |
最も特徴的なのが、脇の多汗症治療の塗り薬としては唯一、保険適用となっている点です。これは、きちんと効果が認められているということに加え、どの医療機関でも処方を受けられるということです。これまでの塗り薬は、国内では治験にもとづく効果の証明がされておらず、保険適用外でした。そのため、処方できる医療機関も限られていました。
さらに、1日1回、付属パーツを使って脇の下に塗るという用法も、手軽で継続しやすく、利便性と高い効果が期待できる信頼性を兼ね備えた薬です。
効果
ソフピロニウム臭化物の治験の最終段階(第Ⅲ相試験)では、薬を塗って治療をした半数以上は汗の量が半分以下に減り、自覚症状も改善しているという結果がでました。また、長期間の連続使用についての安全性も確認されています。
ただし、ソフピロニウム臭化物は、脇の多汗症に対してのみ、保険適用が認められている薬です。脇以外の多汗症には、処方、使用ともに認められていません。
これまでの対策や治療
多汗症が疾患であることや治療ができることの認知度はあまり高くはなく、市販のグッズや制汗剤、中には海外製品などでの対策も一般化しています。
さまざまな種類が薬局や通販などでも入手できるので、気軽に試すことができ、付けるだけ・塗るだけなど、使用面での手軽さもあります。しかし一方で、これらは汗を減らす根本的な改善にはなりません。
〇 対策グッズ
汗取りパッド / 汗取りパッド付きインナー / 制汗剤 など
また、これまでの脇の多汗症治療には以下のようなものがありますが、いずれの治療も、利便性や効果、費用面など、総合的に十分な治療があるとは言い難い状況でした。
塩化アルミニウム外用薬
ローション または 軟膏/クリームタイプの塗り薬です。多汗症状のある部位に塗り、汗のでる穴(汗管)を塞ぐことで汗の量を減らす治療です。継続して使うことで効果が得られます。
しかし、一般に製造・販売されておらず、独自で作る必要があるため、濃度や成分などが医療機関によって異なり、処方できる医療機関も限られています。また価格についても、保険適用外のため、医療機関によって異なります。目安としては、100mlで1,200円前後のところが多いようです。症状や効果によって使用頻度が異なるため、薬の消費期間には個人差があります。
このように、受診する医療機関が限定されることや、どこでも同じ成分、品質、価格で処方が受けられないなどの点で、あまり利便性は高くありません。
A型ボツリヌス菌毒素製剤の局所注射療法(ボトックス注射)
A型ボツリヌス毒素(ボトックス)は、汗をだす刺激を抑えることで汗の量を減らす治療です。1回の接種で効果が続く期間は平均6か月(4か月~9か月)です。
重症の場合のみ保険適用となりますが、それ以外は全額自己負担です。1回の接種は、3割負担だと2万円~3万円程度、全額自己負担になると10万円以上かかることも少なくありません。効果は高いですが、費用面での負担が大きい治療法です。
胸腔鏡下胸部交感神経遮断術(ETS)
汗をだす刺激を伝達する神経(胸部交感神経節)を遮断・切除することで、汗を止める治療です。内視鏡を用いて手術をします。
効果は期待できるものの、別の部位に汗が増える副作用(代償性発汗)が多いことや、手術してしまうと元には戻せないこと、他の治療でも改善が望めることなどから、あまり推奨はされていません。さらに、手術を行っている医療機関も限られています。費用は、3割負担で10万円程度ですが、高額療養費制度などを利用することで負担を抑えることができます。
そのほかの多汗治療
神経ブロック / レーザー療法 / 内服療法 / 精神(心理)療法 など
診断基準 どんな場合に薬が処方されるか
多汗症の診断基準は以下のようになっています。脇の汗で、このような基準を満たすと、「原発性腋窩多汗症」と診断され、「ソフピロニウム臭化物」が保険適用で処方可能になります。
〇 局所多汗症の診断基準 1) 局所的に過剰な発汗が明らかな原因がないまま6か月以上認められる かつ 2) 以下の6症状のうち2項目以上にあてはまる
- 最初に症状がでるのが25歳以下である
- 左右対称に発汗がみられる
- 睡眠中は発汗が止まっている
- 1週間に1回以上多汗のエピソードがある
- 家族歴がみられる
- それらによって日常生活に支障をきたす
ただし、妊婦 または 妊娠している可能性のある場合や授乳中、子ども(12歳未満)などにおける安全性は確認されていないため、これらに当てはまる場合は、薬の使用に関して慎重に検討する必要があります。
さらに、重症度は以下のような基準で判定されます。3または4の場合に重症の判定となります。
〇 多汗症の重症度判定 Hyperhidrosis disease severity scale(HDSS)
- 発汗は全く気にならず、日常生活に全く支障がない。
- 発汗は我慢できるが、日常生活に時々支障がある。
- 発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障がある。
- 発汗は我慢できず、日常生活に常に支障がある。
重症度は、保険適用や処方の可否には影響しません。治療前の状態の把握や治療効果の判定の際に参考として用いられます。
■ 参考資料 原発性局所多汗症診療ガイドライン 2015 年改訂版
不安に思わず気軽に受診を 脇の視診は必須ではない
診断基準や重症度判定からもわかるように、多汗症の診断や重症度判定の要素は、本人がどう感じているかという主観的な要素が主となります。そのため、診察の際も、症状や経緯の聴き取りをする問診が主となり、本人の希望や特別な事情がなければ、脇を視診したり、汗の量を計測したりすることはない場合がほとんどです。
「脇を見せるのは恥ずかしい…」「汗がですぎて見られたくない…」「汗がでなかったらどうしよう…」などとためらうことなく、安心して受診してください。
思春期から自覚 悩みや勉学生産性の低下につながることも
脇の多汗症は思春期前後から症状がではじめることが一般的で、自覚するのもその頃が多くなります。この年代は、特に悩みを感じやすく、人目や見た目に影響のでやすい多汗症は大きな悩みになりえます。
さらに、国内の調査では、多汗症患者の勉学や仕事の生産性はそうでない人の約半分ほどのパフォーマンスになってしまうというデータや、海外でも、うつ病の患者の中には多汗症の症状がある人が多く、多汗症とうつ病の関連性を指摘する報告もあります。
このようなことから、多感な思春期にはなおさら、なるべく早く多汗症の症状や悩みを取り除くことが推奨されます。しかし一方で、本人が多汗症は疾患であることや治療できることに気づけても、多感な思春期ゆえ、恥ずかしさなどから受診につながりにくいかもしれません。
そのため、周囲の大人や身近な人が付き添ったり、女子なら女性医師、男子なら男性医師のいる皮膚科を勧めたりなど、受診につながるような声かけやサポートも大切です。
通院は2週間に1回
新しい薬は、保険適用が開始されてから1年間は2週間(14日)分しか処方ができない決まりがあります。そのため、現在は2週間に1回の通院が必要です。この制限は、2021年12月に解除予定です。制限が解除されれば、医師と相談しながら通院頻度を調整することができるようになります。
費用の目安
「ソフピロニウム臭化物」の1本当たりの費用は以下の通りです。
〇 ソフピロニウム臭化物の費用の目安
1本(14日分) | : | 4,874円 |
3割負担 | : | 約1,462円 |
2割負担 | : | 約975円 |
1割負担 | : | 約487円 |
1本が2週間(14日)分なので、薬にかかる費用は、3割負担の場合、ひと月に約3,000円程度ということになります。
薬の塗り方 付属パーツで手軽に塗れる
塗り方
薬は、画像のような形状、構造になっています。これを1日に1回、片方の脇にポンプ1押し分、計2押し分を両脇全体に塗ります。
この薬の使用方法で特徴的なのは、塗る際にアプリケーターと呼ばれる付属のパーツを使用することです。手で薬に直接触れると、その手から脇以外の部位に薬が付着し、副作用を起こすリスクがあるため、このような仕組みになっています。特に目に付着すると瞳孔が開いた状態になる散瞳(さんどう)や緑内障の悪化などの副作用の原因になる可能性があります。アプリケーターを使用することで、薬に直接触れることがなくなり、脇以外の部位への付着を防ぐことができます。
詳細な塗り方は以下の図のとおりです。
塗るタイミング
特に決まりはありませんが、塗り忘れを防ぐため、毎晩就寝前などの決まったタイミングで塗ることが推奨されています。1日の中で塗りやすいタイミングを見つけて、習慣化するのがよいでしょう。
効果があらわれるまでの期間
塗りはじめてから6週間が効果判定の目安とされています。そのため、6週間以内に効果があらわれることがほとんどです。効果があらわれない場合は、塗る量や塗り方など、薬の使用方法の見直しや、ほかの治療法などを検討します。
塗る期間
ソフピロニウム臭化物は、多汗症を治す薬ではなく、症状を抑える対症療法薬のため、薬を塗るのを止めてしまうと、また汗が過剰にでる状態に戻ってしまう可能性が高いです。そのため、症状が改善したあとも、継続して薬を塗り続ける必要があります。そして、安定した効果を維持するには、毎日の継続が大切です。ただ、もし薬を塗るのを止めてしまったとしても、基本的にはまたいつでも再開することができます。