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乳がん闘病体験 ~ 両側乳房全摘出、乳房再建、ホルモン治療…それでも私らしさは失わない!

2016年10月掲載

著名人の乳がん公表や闘病記の公開などで、乳がんや乳がん検診に注目が集まっている中、今回は乳がんサバイバーのTさんにお話をお伺いしました。

Tさん

Tさん(女性・56歳)。独身。ご両親と同居。乳がんの罹患前から現在に至るまで、現役で働くキャリアウーマン。

2008年、48歳の時に両側乳房に乳がんが見つかったTさん。乳がん治療では、乳房全摘出・乳房再建・ホルモン治療の副作用など、Tさんの生き方にさまざまな影響を与えたはずです。けれども「病気は私の生き方や思いを奪えない」の心情のもと、つらい治療を克服。今でもパワフルにお仕事をされていて、乳がんだったことを微塵も感じさせない美しいオーラが漂っていました。その強い心情や美しさは、同じ病で治療されている方々にたくさんの勇気を与えてくれるでしょう。

二日酔いの日、胸に米粒のような感触・・・人生で最も驚いた瞬間

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-- 乳がんが発見された時の経緯を教えてください。

2008年10月の下旬に自分でしこりに気づきました。実は、その前日に長野のワインフェスティバルに行ってワイン蔵巡りをしていました。翌日は仕事だったのですが、二日酔いで具合が悪かったため早退しました。自宅で横になり、苦しかったので薄着になって胸をさすっていたら、偶然右側の乳房に米粒くらいのしこりがあるのに気づきました。

-- しこりに気づいた時のお気持ちは?

二日酔いが覚めるくらいはっとしました。それまでの人生の中で一番驚いた瞬間だったかもしれません。すごく不安になり、あまりに怖かったので、いきなり大学病院を受診するよりも、レディースクリニックのようなイメージ的に明るくてきれいな施設で検査を受けたいと思い、施設を調べて予約をしました。

-- しこりに気づく前に検診などは受けていましたか?

職場の検診でマンモグラフィを含めた婦人科検診を2年に1回位は受けていました。検診の結果も、問題はありませんでした。

“なんとなく信頼できない“-- 違和感を信じて受診した別の病院で乳がん発覚

-- レディースクリニックを受診した結果はどのような内容でしたか?

実は、クリニックを予約した日まで10日ほどありました。不安な気持ちで乳房を何回も触っていたところ、しこりに気づいた右側だけでなく、左側にも筋肉を触っているような感じのする「何か」があるのがわかったのです。クリニックを受診したときには、左右の乳房に「何か」があるのが自分自身で判っていました。

クリニックでは、触診とエコー検査のみ行いました。マンモグラフィはその施設ではできなくて提携病院に行かないと受けられなかったのです。

検査結果は、「一応良性であると思われますが、念のため結果をもって大きな病院にいってください」とのことでした。

-- 「良性」の判断だったのですね。その時はホッとしましたか?

女性の先生でしたが、雰囲気や態度からあまり信頼できませんでした。安心は全くできなくて、逆に「このまま放っておいたら、とんでもないことになってしまうのでは・・」という予感がしました。

そのため11月の下旬に、以前甲状腺の病気を治療してもらった大学病院を受診しました。触診・エコー・マンモグラフィ・細胞診の結果「同時性両側乳がん」であることが確定しました。

確定診断の説明は「左側は進行が少ないので乳房を温存できるが、右側は温存が難しいので乳房全摘出にしましょう」とのことでした。そしてその場で「1月○日の手術の予約をいれましょう」と続けられました。

ひとつの施設の医師に頼らず、自身の直観を信じて、別の大学病院を受診するという賢明な判断をされたTさん。しかしやはり「同時性両側乳がん」と確定診断された時にはとてもショックだったはず・・・

乳がんでも稀な「同時性両側乳がん」の診断。私はどうなってしまうのだろう・・・

-- 「同時性両側乳がん」と確定診断された時のお気持ちをお聞かせください。

Tさん

確定診断まで時間があったので、自分なりに乳がんについてかなり調べました。

調べた中でも、同時性両側乳がんの方はとても少なく、「片側乳がんでも治療が大変なのに両側乳がんの私はどうなってしまうのだろう」という怖さ、そして、その大学病院が立て直す前の建物で薄暗く汚かったので「こんな場所では死にたくない」と強く思いました。

また、調べた際に「乳房摘出手術時に同時に乳房再建ができる」乳房一次再建のことを知りましたが、その病院では行っておらず「胸のないまま死にたくない」と思ったのを覚えています。

その気持ちから、その場で先生に「病院はまだ決まっていないが、セカンドオピニオンを受けたいので紹介状を書いてください」と依頼しました。

「乳房一次再建」納得できる治療法を求めて・・・信頼できる先生との出会い

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そしてその後、再建可能なクリニックなど複数のセカンドオピニオンを受けた結果、一次再建が可能であることが確認できました。

12月下旬には一次再建も可能で、乳がん治療の実績のあるS病院のセカンドオピニオンを受けました。
担当してもらうことになったN先生は、乳がん治療では著名な医師で、初めて先生が部屋に入って来られたときになぜか後光がさしているように感じました。先生からは「今まで、MRIやCT検査をしていないので術式を決めるのはそれからにしましょう」「乳房の一次再建を希望するのであれば、それも可能です」と言われました。納得できる治療法を求めて、私は大学病院からS病院に転院することを決意しました。

今でもその日のことを鮮明に覚えています。
その日は12月24日で、街中みんなが幸せそうで「クリスマスイブの日になんで私だけセカンドオピニオンを受けているのだろう」「最低のクリスマスイブだなあ」と思っていたんですね。
そしたら父が「何言っているんだ。あんな素晴らしい先生に出会えて、最高のクリスマスプレゼントがきたね」と言いました。まさにその通りでした。

ようやく信頼できる先生に出会えたTさん。「自分で納得できる治療を受けたい」という信念があったからこその出会いだと思います。
セカンドオピニオンに留まらず、サード、フォースと話しを聞くことは、自身が納得できる治療法を選択して決定するためにも必要なことだと感じました。

正反対の診断・・・さらに温存可能な乳房まで全摘出!?

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-- 転院したS病院での診断結果をお聞かせください。

S病院での診断結果は、前の病院とは正反対で、「左側はかなり進行しているので乳房全摘出術となります。右側はまだがんが小さいので温存は可能ですが、左側を摘出するのであれば、右側も全摘出することをお勧めします」というものでした。

また「リンパへの転移がないこと、ホルモン感受性※1が陽性、HER2(ハーツー)※2陰性で抗がん剤が効きにくいタイプの乳がん」であることが判りました。

私は、温存可能な乳房を全摘出することを考えてもいなかったので、とても驚きました。「両側の乳房が自分のものではなくなり、どんな気持ちで生きていくのか」「自分の中に自分のものではないものが2つもあることを、自分のなかでどう処理していくのか」と非常に悩みました。

※1 女性ホルモンのエストロゲンの刺激によって、増殖する乳がんを「ホルモン感受性乳がん」「ホルモン依存性乳がん」などと呼びます。乳がんの約7割以上がこのタイプで、ホルモン療法の対象になります。

※2 HER2(ハーツー)受容体というタンパク質が多くみられる乳がんをHER2陽性乳がんといいます。がんの発生や増殖などに関係する特定のタンパク質や酵素をねらって攻撃する分子標的治療の対象となります。

なんと前の病院とは正反対の診断を受けたTさん。こんなにも診断や治療方針が変わるのかと驚きました。やはりセカンドオピニオンを受けることは重要だと感じました。

悩みぬいた結果、「きれいになりたい!」と両側乳房全摘出を決意

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-- 両側の乳房全摘出についてはどのように決意されたのでしょうか。

乳房再建をした人に話を聞いたり(両側再建をした人はいませんでしたが・・・)、担当の先生や形成外科の先生の意見を聞いたりした結果「両側にがんがあるということは再発のリスクも高い可能性があること」「がんが乳頭・乳輪にかかっていたため、温存すると乳頭が壊死する可能性があること」「両方とも全摘出すれば、放射線治療を受ける必要がなくなるため、放射線治療のために通院する必要がないこと」が判りました。

最終的には形成外科の先生の「両方やったほうがきれいになるわよ。私も両方の再建を勧めます」と言われたことで両側の乳房全摘出を決意できました。

ホルモン治療のつらい副作用。うつ症状、子宮ポリープ、そして貧血・・・

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-- 実際に摘出された時のお気持ちはいかがでしたか?手術後の治療についても教えてください。

3月10日に両側乳房全摘出と再建手術を行いました。手術前に納得して治療法を決めていたことと、一次再建で術後に胸の膨らみを感じられたことで、そこまで大きなショックはありませんでした。

病理検査の結果、やはりホルモン依存が高いがんであることが判ったので、3月中にはホルモン治療を開始しました。ただ、私は抗エストロゲン剤のノルバデックスを服用しましたが、重い副作用がでてしまいました。女性更年期特有のホットフラッシュの症状はまだ我慢できたのですが、うつ症状がひどく、「やる気がでない」「落ち込む」「不安になる」などの憂鬱な状態が続きました。さらに子宮内膜が厚くなることで子宮にポリープができて、それが原因で出血したことで貧血になってしまったんです。

-- どのように対処なさったのでしょうか。

最終的にはノルバデックスを休薬して、ポリープを切除しました。ポリープを切除した後はだいぶ楽になりました。また、薬をフェアストンに変更したことで更年期症状が緩和しました。それにより、抗エストロゲン剤のホルモン治療を5年間続けました。

副作用は緩和していましたが、抗エストロゲン剤の服用は子宮体がんの発症率があがるため、子宮体がんの恐怖がずっとつきまとっていました。

-- 治癒のひとつの目安である5年が過ぎ、後はどのように過ごしていらっしゃいますか?

抗エストロゲン剤によるホルモン治療を始めて5年後に担当医師から「ホルモン治療をやめてもいいですし、続けてもいいです。また閉経が確認されたので、アロマテーゼ阻害剤によるホルモン治療を始めることもできます」といわれました。

アロマテーゼ阻害剤は関節痛を訴える患者さんが多かったので、及び腰になっていました。しかし、再発について調べてみると、7年後に再発率が少し上がることがわかったのです。それを医師に確認するとホルモン治療薬の残存期間が1~2年あり、薬の作用が終わったころに再発する可能性が高いとのことでした。

私の場合は、ホルモン依存率が高い乳がんだったため、がんが進行するのが比較的ゆっくりで、再発するには時間がかかります。手術後7年後に再発しないために、アロマテーゼ阻害剤のホルモン治療にチャレンジすることを決意しました。

関節痛の副作用対策としては、定期的な運動と漢方薬が副作用予防に効果的と聞き、さっそく日々の生活に取り入れました。今でも定期的にジムで体を動かしたり、漢方外来で体調にあわせて漢方を処方してもらったりしています。その効果かもしれませんが、今のところ関節痛などの副作用はなく現在もアロマテーゼ阻害剤アルミデックスによるホルモン治療を続けています。

病は命を消すことができても、その人の思いや生き方、その人らしさは決して奪えない!

-- 最後に、乳がんを経験したTさんからみなさんにお伝えしたいことはありますか?

Tさん

私は「病気は人の体や命は消せますが、考えていること、思いや生き方、その人らしさは決して奪えない」と確信しています。どのように生きていきたいのかによって治療法も変わってくるでしょう。ご自身の状況にあわせて治療法を選択できます。

私自身、乳がんと診断された時には落ち込んだときもありましたが、同じ病の人とお話したり、色々な人たちとお会いしたりするうちに、落ち込んで病人らしい姿でいるのは自分らしくないなと思い直しました。

私は、職場に病気のことを公表していません。放射線治療を受けていないので、通院の回数も少なく、長い日数を休むことはなかったのです。

手術を受ける前にお会いした乳がん治療経験のある人から、「仕事は辞めない方がいい」「私は仕事を続けながら抗がん剤治療もした」と聞いていたため、会社を辞めることは考えませんでした。さすがに、ホルモン治療の副作用がでた時にはつらかったですが、なんとか乗り越えられました。

仕事は、仕事そのものが好きというよりは、「病気になっても病気になる前と何も変わらずに仕事ができて、生活できている」「病気は私の生き方を奪えない」ということが自分の中での原動力になっています。

乳がんは長くひそむ疾患です。罹患していない人よりは寿命が短いかもしれませんが、だからこそこれからも楽しく、自分らしく生きたいなあと思っています。

-- 本日はとても貴重な体験をお話しいただきましてありがとうございました。まだホルモン治療や検査が続くと思いますが、このまま素敵に歳を重ねてください。

現在もホルモン治療を続けているとは微塵も感じられないほど、元気でパワフルで、そしてとっても美しいTさんでした。
Tさんの「病気は人の体や命は消せるが、その人の思いや生き方、その人らしさは決して奪うことはできない」の言葉が胸を打ちました。Tさんの強いパワーが伝わってきます。現在罹患して治療を続けている方も「病気に操られない」で一度しかない人生をその人らしく生きてほしいと思います。

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インタビュー協力:CNJ(キャンサーネットジャパン)
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CNJは「がん患者が本人の意思に基づき、がん治療に臨むことができるよう、患者擁護の立場から、科学的根拠に基づくあらゆる情報発信を行うこと」をミッションとして、がん体験者・家族・遺族、その支援者、医療者と共に、日本のがん医療を変え、「がんになっても生きがいのある社会を実現」を目指して様々な活動を行うNPO法人です。

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※当コラムは東京内科医会のご協力によって作成されています。

東京内科医会は、常に最新の医学知識を学び、最良の医療を実践する魅力を持った何かを主体に、診療を行っている医師の集まりです。

コラム監修

Thumb-up菅原医院
東京都練馬区石神井町3-9-16
菅原 正弘 院長
医学博士、日本内科学会評議員、日本リウマチ学会評議員・専門医、日本糖尿病学会、学術評議員・専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、東京内科医会 会長

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菅原 正弘洋先生
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