【筋ジストロフィーと生きる】会社員生活も20年「障害は関係なく、みんなが楽しめる世界を創りたい」

仕事をするなかで小澤さんは「人と違うことは価値のあること」と考えるようになりました。なぜこうした思いを抱くようになったのか、お話を伺いました。
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苦労した就職活動を経て日本IBMへ

――20歳の時に進行性難病・筋ジストロフィーと診断された小澤さん。ちょうど就職活動を考えるタイミングと、診断が重なっていたそうですね。
小澤さん:就職活動に取り組んでいた頃は、社会の厳しさを痛感する毎日でした。私は病気のことを公表していたのですが、見た目は他の人と変わらなくても「進行性の病気がある」というだけで、書類選考で落とされてしまいます。なんとか面接に進んでも「小澤さんの病気は進行性なんですね。いつまで働けるんですか?」とか「仕事はできますか?」と病気のことばかり質問されて…。同級生たちはどんどん就職が決まっていくのに、私だけはなかなかうまくいきませんでした。「私が会社で働くのは、難しいのかもしれない」と心が折れそうになる時もありました。
それでも頑張ろうと思ったのは、「これだけ頑張ったんだから1社だけでも内定がほしい」と思ったから。あとは、難病と診断された私でも、できることがあるんだと自信をつけたかったし、周囲にも証明したかったんです。
――新卒時から現在まで日本IBMに勤務されていますが、どんなふうに入社が決まったのでしょうか?
小澤さん:合同会社説明会へ参加した際に、日本IBMの担当の方が「私たちの会社には、小澤さんと同じ病気の人もいます。あなたがやりたいことはなんですか?」と聞いてくれました。病気ではなく、私自身について聞いてくれる会社は初めてだったうえに、「障害や病気はマイノリティーかもしれません。でも、この会社は、違いを強みに変えていく会社です」と言ってくれました。それを聞いて、「ここで働きたいな」と思って面接を受けたところ、採用されることになりました。
「働けるだけでいい」から「やりがいのある仕事に取り組む」へ

――会社員として働き始めてどんな仕事に取り組みましたか?
小澤さん:最初はシステムエンジニアとして働きました。その後、プロジェクトを計画し、実行するプロジェクトマネージャーを任されることに。お客様のご要望をまとめたり、チームを運営したりするようになりました。当時はいろいろな国の人と働いていて、考え方も価値観も異なるから、時には本気でぶつかり合い、ケンカすることもありました。でも、少しずつお互いを理解して、より良いものを創り上げていくことができました。仕事を通じて、人が成長する姿を見て、次第に人材育成に興味を持つようになったんです。そこで社内公募制度を利用し、人事部に異動しました。
――人事部ではどんな仕事に取り組んでいるのでしょうか?
小澤さん:イベントのプロジェクトマネージャーを務めています。ある年の入社式では、1,000人規模のイベントを企画・運営しました。人事部に異動してから、2回も社長賞をいただく機会にも恵まれました。
病気と診断された20歳の時、「私は仕事をするのは無理かもしれない」と思い詰めていました。それがまさか、こんなに充実した日々を送れるとは想像もしていなかったです。「どう生きていったらいいのかわからない」と絶望していた当時の自分に「大丈夫だよ。あなたが思っている以上に楽しい未来があるから、大丈夫だよ」と声をかけてあげたいです。
人と違うことは価値のあることだと伝えたい

――転職が当たり前の時代になりましたが、小澤さんは20年間同じ会社で働き続けています。
小澤さん:やはり、働きやすい会社だったのは大きいです。コロナ禍の前は毎日出社していましたが、車いす用トイレなども充実していて、バリアフリーも対応してくれています。サポートが必要な部分はきちんと配慮してくれている一方で、「障害がある人」ではなく、一緒に仕事をする仲間としてとらえてくれているのを感じます。私にとって、会社がひとつの居場所ですね。
――仕事を通じて、新しく取り組んでみたいことなどはありますか?
小澤さん:「障害がある人もない人も、一緒に楽しめる世界を創りたい」と思うようになりました。私は、「人と違うことはとても価値のあること」だと思っています。障害も含めて、一人ひとりの個性が異なるからこそ、さまざまなアイデアが浮かんだり、面白い話があったりすると思うんです。
その様子を、私は「虹」に例えています。虹がきれいなのは、赤、橙、黄色、緑…と、いろいろな色があるから。でも元をたどると、ひとつの光です。屈折率が違って見え方が違っているだけなんですよね。「違って見えるけれど、実はみんな同じ」なのは人間も同じで、いろんな人がいるから、世の中は楽しいし、素敵なんです。みんながお互いの違いを尊重して、手と手を取り合っていける世界になったらいいなと思います。
私が就職活動をしていた20年前に比べ、社会は確実に変わってきています。東京2020パラ五輪が開催されたこともあり、新しい建物にはエレベーターや車いす用トイレが設置されるのがあたり前になりました。障害者が就職することも珍しくなくなってきています。
一方で、「心のバリア」は、まだどこかに残っているような気がしています。「障害のある人には、できることが少ない」という偏見があるのかな?とも感じることも…。正解がない問題だと思いますが、だからこそ、みんなで考えていきたいです。私自身も、自分にできることに全力で取り組んでいくつもりです。その姿を見せることでみんなの心のどこかにある、思い込みが変わっていくのではないかという気もしています。
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【プロフィール】小澤綾子(おざわ あやこ)さん
1982年生まれ。20歳の時進行性難病の筋ジストロフィーと診断される。「今この時を生きる」ことをモットーに、企業、イベント、学校、などでシンガーソングライターとして講演やライブを行う。TVや新聞などメディアにも出演し、障害や病気の啓発活動を行っている。
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取材・文:さいだ多恵
写真:小澤綾子
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