病院・薬局検索の病院なび

【筋ジストロフィーと生きる】会社員生活も20年「障害は関係なく、みんなが楽しめる世界を創りたい」

公開日: 2026年05月28日
アイキャッチ画像
20歳で筋力低下と萎縮が進行する進行性難病・筋ジストロフィーと診断された小澤綾子さん(43)。診断された当時は「自分は就職できないかもしれない」と思ったこともあったそう。就職活動に苦労しつつも日本IBMに入社し、20年以上会社員として勤務しています。

仕事をするなかで小澤さんは「人と違うことは価値のあること」と考えるようになりました。なぜこうした思いを抱くようになったのか、お話を伺いました。

苦労した就職活動を経て日本IBMへ

会社の同僚と打ち合わせをする小澤さん
会社の同僚と打ち合わせをする小澤さん

――20歳の時に進行性難病・筋ジストロフィーと診断された小澤さん。ちょうど就職活動を考えるタイミングと、診断が重なっていたそうですね。

小澤さん:就職活動に取り組んでいた頃は、社会の厳しさを痛感する毎日でした。私は病気のことを公表していたのですが、見た目は他の人と変わらなくても「進行性の病気がある」というだけで、書類選考で落とされてしまいます。なんとか面接に進んでも「小澤さんの病気は進行性なんですね。いつまで働けるんですか?」とか「仕事はできますか?」と病気のことばかり質問されて…。同級生たちはどんどん就職が決まっていくのに、私だけはなかなかうまくいきませんでした。「私が会社で働くのは、難しいのかもしれない」と心が折れそうになる時もありました。

それでも頑張ろうと思ったのは、「これだけ頑張ったんだから1社だけでも内定がほしい」と思ったから。あとは、難病と診断された私でも、できることがあるんだと自信をつけたかったし、周囲にも証明したかったんです。

 

――新卒時から現在まで日本IBMに勤務されていますが、どんなふうに入社が決まったのでしょうか?

小澤さん:合同会社説明会へ参加した際に、日本IBMの担当の方が「私たちの会社には、小澤さんと同じ病気の人もいます。あなたがやりたいことはなんですか?」と聞いてくれました。病気ではなく、私自身について聞いてくれる会社は初めてだったうえに、「障害や病気はマイノリティーかもしれません。でも、この会社は、違いを強みに変えていく会社です」と言ってくれました。それを聞いて、「ここで働きたいな」と思って面接を受けたところ、採用されることになりました。

「働けるだけでいい」から「やりがいのある仕事に取り組む」へ

日々忙しく、充実した日々を送っている
日々忙しく、充実した日々を送っている

――会社員として働き始めてどんな仕事に取り組みましたか?

小澤さん:最初はシステムエンジニアとして働きました。その後、プロジェクトを計画し、実行するプロジェクトマネージャーを任されることに。お客様のご要望をまとめたり、チームを運営したりするようになりました。当時はいろいろな国の人と働いていて、考え方も価値観も異なるから、時には本気でぶつかり合い、ケンカすることもありました。でも、少しずつお互いを理解して、より良いものを創り上げていくことができました。仕事を通じて、人が成長する姿を見て、次第に人材育成に興味を持つようになったんです。そこで社内公募制度を利用し、人事部に異動しました。

 

――人事部ではどんな仕事に取り組んでいるのでしょうか?

小澤さん:イベントのプロジェクトマネージャーを務めています。ある年の入社式では、1,000人規模のイベントを企画・運営しました。人事部に異動してから、2回も社長賞をいただく機会にも恵まれました。

病気と診断された20歳の時、「私は仕事をするのは無理かもしれない」と思い詰めていました。それがまさか、こんなに充実した日々を送れるとは想像もしていなかったです。「どう生きていったらいいのかわからない」と絶望していた当時の自分に「大丈夫だよ。あなたが思っている以上に楽しい未来があるから、大丈夫だよ」と声をかけてあげたいです。

人と違うことは価値のあることだと伝えたい

会社員のかたわら、積極的に講演活動を行う
会社員のかたわら、積極的に講演活動を行う

――転職が当たり前の時代になりましたが、小澤さんは20年間同じ会社で働き続けています。

小澤さん:やはり、働きやすい会社だったのは大きいです。コロナ禍の前は毎日出社していましたが、車いす用トイレなども充実していて、バリアフリーも対応してくれています。サポートが必要な部分はきちんと配慮してくれている一方で、「障害がある人」ではなく、一緒に仕事をする仲間としてとらえてくれているのを感じます。私にとって、会社がひとつの居場所ですね

 

――仕事を通じて、新しく取り組んでみたいことなどはありますか?

小澤さん:「障害がある人もない人も、一緒に楽しめる世界を創りたい」と思うようになりました。私は、「人と違うことはとても価値のあること」だと思っています。障害も含めて、一人ひとりの個性が異なるからこそ、さまざまなアイデアが浮かんだり、面白い話があったりすると思うんです。

その様子を、私は「虹」に例えています。虹がきれいなのは、赤、橙、黄色、緑…と、いろいろな色があるから。でも元をたどると、ひとつの光です。屈折率が違って見え方が違っているだけなんですよね。「違って見えるけれど、実はみんな同じ」なのは人間も同じで、いろんな人がいるから、世の中は楽しいし、素敵なんです。みんながお互いの違いを尊重して、手と手を取り合っていける世界になったらいいなと思います。

私が就職活動をしていた20年前に比べ、社会は確実に変わってきています。東京2020パラ五輪が開催されたこともあり、新しい建物にはエレベーターや車いす用トイレが設置されるのがあたり前になりました。障害者が就職することも珍しくなくなってきています。

一方で、「心のバリア」は、まだどこかに残っているような気がしています。「障害のある人には、できることが少ない」という偏見があるのかな?とも感じることも…。正解がない問題だと思いますが、だからこそ、みんなで考えていきたいです。私自身も、自分にできることに全力で取り組んでいくつもりです。その姿を見せることでみんなの心のどこかにある、思い込みが変わっていくのではないかという気もしています。


<そのほかのインタビュー記事を読む>
▶20歳で筋ジストロフィーと診断「いずれは寝たきり」と絶望した女性の人生を激変させた「出会い」と「別れ」

▶「結婚も出産もあきらめていた」筋ジストロフィーと生きる女性が「家庭」を築いて気づいたこと

 

【プロフィール】小澤綾子(おざわ あやこ)さん
1982年生まれ。20歳の時進行性難病の筋ジストロフィーと診断される。「今この時を生きる」ことをモットーに、企業、イベント、学校、などでシンガーソングライターとして講演やライブを行う。TVや新聞などメディアにも出演し、障害や病気の啓発活動を行っている。

・小澤綾子さんのホームページ
・小澤綾子さんのインスタグラム
・小澤綾子さんのX

 

取材・文:さいだ多恵
写真:小澤綾子

※記事の内容は記載当時の情報であり、現在と異なる場合があります。